今の日本経済の停滞のなかで、「『坂の上の雲』の頃の日本人は良かった。あそこに戻らないとならない」、という言葉を最近聞きます。「今は逆に、坂の下に下っている」とさらに言われるのです。
私は司馬遼太郎さんの小説のファンです。特に、徳川慶喜を主人公にした『最後の将軍』が好きです。
幕末や明治維新後に活躍したひとりひとりをフィーチャーして、その人を魅力的なヒーローに描くことが司馬遼太郎さんの真骨頂です。
作品『竜馬がゆく』がなければ、坂本龍馬の今日の人気はなかったことでしょう。
『坂の上の雲』にもいろんな人物=ヒーローが登場します。なかでも秋山兄弟のふたりが主人公で、海軍と陸軍でそれぞれ活躍する姿がとても楽しく描かれています。史実に基づく面も多いにあると思いますが、ひとつのエンターテーメント小説だと私はうけとめています。
司馬遼太郎さんは御存命中は、こちらをテレビや映画で扱われるのを嫌ったそうです。なぜなら、戦争を推奨していると受け止められるのがいやだったからだとのことです。
しかし、亡くなったあと、NHKが『坂の上の雲』を取り上げ、弟を本木雅弘さんが、兄を阿部寛さんが役を担い、とてもかっこうのよい俳優をキャストした武勇伝のテレビドラマができ、非常に人気を博しました。
さらに、NHKは、『その時歴史が動いた 運命の瞬間』という番組のなかで、「日露戦争で日露戦争の勝敗を分けた、日本連合艦隊とロシアバルチック艦隊の日本海海戦。連合艦隊司令長官・東郷平八郎が敵前で150度ターンするという常識はずれの戦法で奇跡的な勝利を収める」話を取り上げます。これは『坂の上の雲』のなかに含まれるひとつの話でもあります。
ドラマチックな出来事の数々で、少ない人数の日本軍の、そのなかの英傑の判断で、奇跡的に強大な軍事大国ロシアに勝利したというメッセージ。
しかし、日露戦争の勝利体験から生まれたメンタリティが、軍国主義とそれによる第二次世界大戦そして太平洋戦争の悲惨に、ひとりひとりの命を軽く扱うことに、つながっていったことを今、私たちは絶対に忘れてはならないのです。