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表題について、ときどき聞かれることがあります。そこでキリスト教と聖書の関係について、簡潔にまとめてみました。

1 キリスト教信仰とは

キリスト教の信仰の中心は、「イエスはキリスト(救い主)」というものです。自分の行いによって神から正しいとされるのではなく、主イエスを信じることによって正しいとされると説く考え方です。

2 イエス・キリストとは

イエスは、起元前4年ごろに都エルサレムから北方に100キロメートルほど離れた、ナザレという町でユダヤ教の中で育ちまた。そのころのユダヤ教は、旧約聖書の最初の五巻(モーセ五書)と預言書を主な典拠とし、エルサレム神殿での儀式と各所の会堂での集会、そして家庭での宗教律法を守ることで信仰生活を守っていました。そのようなユダヤ教社会のなかでイエスは、西暦28年ごろ、「神の国は近づいた、悔い改めて備えなさい」と言って活動を始めました。いろいろな言葉を言いましたが、代表的な言葉は「自分のように隣人を愛しなさい」です。また、癒しの業をおこないました。

3 キリスト教のはじまり

しかし、西暦30年ごろ、イエスは、何の罪も犯さなかったのにもかかわらず、捕えられ、当時イスラエルを統治していたローマ帝国の総督およびユダヤ教の指導者と民衆によって、十字架刑に処せられました。この殺されたイエスを、神が復活させて、弟子たちの前に示したので、弟子たちはこの方こそ「神の子」であり「救い主」だと信じ、周りの人たちに伝えるようになったのがキリスト教の始まりです。イエスの死と復活から、神が人間の死を克服された姿を見て、イエスを殺した者の罪も、イエスを見捨てて逃げてしまったふがいない自分たち弟子の罪をも赦されたことを知って、以後はひるむことなくイエスがキリストであること、そしてイエス・キリストによる罪の赦しと死が克服されたことを伝えました。そして、「神は愛である」と告白しました。

4 キリスト教を伝えるための文書

そしてイエスを主と信じる弟子たちは、集まって食事を共にし、神を礼拝し、そしてまわりの人々に、そしてもっと遠くの地中海の町々へ、イエス・キリストのことを伝えました。やがて教会堂が建てられ、そこで礼拝をしました。その間に、イスラエルの人々がいままで守ってきた規律や儀式のうち、主イエスを信じる信仰によって無意味になったことがいくつもあることを知りました。それらをまとめてパウロや他の弟子たちが手紙に書きました。また主イエスのご生涯について断片的に言い伝えられてきたことをまとめて文書、つまり福音書にする人も現れてきました。

5 聖典の編纂

たくさんの書物が出てきたので、それらのうち大事な書物だけをまとめて、それを信仰の根拠としようということになり、西暦2百年ごろまでにほぼ聖典が決まり、最終的には4世紀の終わりに教会会議で決定されました(新約27書)。新約聖書は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという記者あるいは信仰共同体の名前がつけられた4つの福音書、ローマの信徒への手紙やコリントの信徒への手紙一、二など、パウロあるいはパウロの名前を使って記された13書簡などで構成されています。

6 新約と旧約

そして、ユダヤ教徒が聖典としている書物(一世紀の終わりに決定されていました)も、イエス・キリストの出現を準備した書物として、聖典としました(旧約39書)。これら66の書物の多くは、文章として出来上がるまでに、追加・編集によって変化してきました。旧約聖書は、「律法書」あるいは「モーセ五書」と呼ばれる創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、「歴史書」(サムエル記上下など)、イザヤ書やエレミヤ書をはじめとする「預言書」、文学と位置付けられる「詩編」「コヘレトの言葉」「雅歌」などで構成されています。

7 ユダヤ教の聖典

「旧約」、「新約」という考え方は、キリスト教のものです。ユダヤ教ではまだ救い主は到来していないと考えており、ユダヤ教の聖書を、イエスキリストの出現を指し示す「旧約聖書」と呼ぶのはキリスト教からの視点です。そこで、ユダヤ教の聖典としての聖書はヘブライ語で書かれているので、今日は「ヘブライ語聖書」と呼ぶのが一般的です。なお、「新約聖書」は、紀元1世紀に使われていたコイネーというギリシャ語で書かれています。