職場と住居が同じアドレスなので、電車に乗る頻度は少ないのだが、外部で会合があり、復路でラッシュアワーの満員電車に久しぶりに乗ることになった。ぎゅうぎゅう詰めの乗客たちは一様に無表情で一日の疲れを心身に帯びつつ身動きできずに静かに佇んでいる。この時間帯に電車に乗らなければならない皆さん本当にご苦労様です。
その車内で、5人の二十歳前後の女学生が輪になって本日の出来事を振り返っている様子。演劇の発表会か、学園祭の運営に尽力したか、授業で制作の発表があったのか。
「私たち、今日はがんばったよね」「うんうん」
「細かいところまで気を配ってできる限りのベストを尽くしたよね」「ほんとほんと」
「一緒にがんばったよね」「力合わせたね」
といった具合。
そのうち、自分たちの中の話に止まらず、同じ電車に乗り合わせた私たち周りの大人たちについても言及し始めた。
「この電車に乗っている、ぼんやりした人たちとは違うよね」「そうそう」 「このひとたちみたいに、一日のんびりと雑な仕事して帰るだけの人たちに、私たちの苦労はわからないわ」「絶対そうよ」
電車のなかの無言の聴衆は、私を含めて皆、寡黙にしばらく耳をそばだてていただけだったが、突然巻き込まれてしまってしまった。私も「…のんびりと雑に」の言葉にギクっとさせられた(バレた?)。
まだ彼らの話は続くが自身は最寄の駅に着き、降車。いろいろと考えさせられた。
- これがカルトの構造かもしれない。内輪で団結し、外に敵を作る。
- 結束するのは悪いことではないが外への思いやりの欠落と併せると日本人のよくないメンタリティの特徴かしら
社会はそんなに甘くない。しかし、きっと大丈夫だと思う。与えられた環境で仲間と力を合わせてがんばる力はあるのだから。
それぞれが社会で与えられた環境でやるべきことに向き合うときに、学生時代に結束して頑張った良き思い出を携えて、明るく前進していただきたいと思います。